■何ということもなく■


「……ねえ、雷蔵。これからどうして欲しい?」

 ぼくを布団に押し倒し、寝間着の合わせからつめたい手を滑り込ませてきた三郎が、ひそやかな声で呟いた。だからぼくは、はきはきと答えてやった。

「そこの棚に入っている蜜柑を取って欲しい」

 すると三郎は動きを止めた。ひとときの静寂。やがて三郎は真面目な顔で「……負けないよ」と言った。ぼくは軽く噴き出した。

「何に負けないんだよ」

「きみはそうやって、わざとおれのやる気を削ごうとするけれど、そんなことには負けないよと言っているんだ」

「だって、蜜柑が食べたいのだもの」

 含み笑いを漏らしながら、ぼくは言う。同級の友人が郷里で採れた蜜柑を沢山譲ってくれたのだ。それがまた美味いのである。今、ぼくたちの部屋のくずかごには 、蜜柑の皮がぎっしり詰まっている。

「もう散々食ったろう。ほら、手が黄色くなっているもの」

 三郎はぼくの手を取った。そちらに目を向ける。確かにぼくの手と指は黄色くなっていた。今日は幾つ蜜柑を食べただろう、と考えるが思い出せない。雪の降る音に耳を澄ませながら蜜柑を食べていると、幾らでも入ってしまうのでいけない。

「きみはもう沢山蜜柑を食ったのだから、今度はおれが雷蔵を食べる番だよ」

 三郎は、ぼくの鎖骨あたりに唇を寄せて来た。多分そんなことを言ってくるだろうなと思っていたので、「言うと思った」と小さく漏らす。すると三郎は顔を上げ、軽くぼくの顔を睨んだ。

「……予想していたとしても、口には出さないでくれるかな」

 そのふくれっ面がおかしくて笑い声をあげそうになったけれど、これ以上からかって拗ねられても面倒なので、口の端に力を込めて耐えた。

「分かった。次にお前が言うことも分かっているけれど、黙っておくよ」

 ぼくはそう言って、三郎の頬に手を当てた。彼は眉根を寄せる。そして、ひくく呟いた。

「……憎らしいな、きみは」

 それから布団に手をついて身体をずらし、指先でぼくの前髪に触れて微笑んだ。

「 だけど、そんなところも好きだよ」

 ぼくは目を細めて笑みを返す。ほら、そう言うと思った。と、心の中で呟いた。

 どちらからともなく、唇を合わせる。三郎の熱い舌を受け入れ、自らのそれを絡ませた。夜気に冷え切っていた耳と頬が火照り始める。 密着した身体の温度が心地良い。

「……蜜柑の味がする」

 口を離した三郎が囁く。ぼくは「だろうね」と笑い声混じりに返した。

 三郎の舌が顎から首筋を這ってゆく。鎖骨のくぼみから胸板をなぞるぬめった感触に、ぼくは目を閉じた。

「ぅ……っ」

  胸の尖りをぺろりと舐められ、ごくごく小さな声が唇の隙間から漏れた。彼の手はぼくの脇腹を撫で回し、そこからだんだん下へと降りてゆく。

「あ……」

 寝間着の裾をめくりあげ、下帯の横から手を差し込んでくる。熱を持ち始めていたそこの形を指先でなぞられ、ぼくは息を呑んだ。三郎は手早くぼくの下帯をほどくと、両手でその部分を包み込んだ。そして、両の指で刺激をくわえてくる。

「は……あ……っ」

 さわさわと撫でられて、ぼくは喉を震わせた。ゆるやかな快感が胸を締め上げ、三郎の腕に手をかける。

「雷蔵、気持ち良い?」

  片手でその部分を握り込み、上下に動かしながら三郎が尋ねてくる。息がどんどん上がってゆく。気持ちが良い。ああ、気持ちが、良い。

「……うん、上手だよ」

 ぼくは右手を持ち上げ三郎の頭を撫でて、なるべくやさしい口調で彼を褒めた。そう言えば喜ぶかなと思ったのだけど、彼は何故か不服そうに唇を尖らせた。

「……何だか今日は、やけに余裕があるね」

 三郎の言葉に、「そうかい?」と返して軽く首を傾ける。折角褒めてやったのだから、素直に喜んでくれれば良いのに。

「悔しいから、おれも頑張るね」

 謎の決意を表明し、三郎はぼくの腰元に顔を伏せた。たちあがったものを口の中に含まれて、ぼくの腰はびくりと跳ねた。

「い、あ……っ」

 ぐちゃぐちゃと、わざとらしく音を立ててねぶられる。心の蔵の音がどんどん駆け足になってゆくのが分かった。

「……っ、ぁ、あぁ……っ!」

 声が裏返る。三郎の舌が先端を執拗に舐め、吸い上げられる度にふくらはぎが引き攣った。

「あ、あ……っ」

 あまりの快楽に肋骨が軋むのを感じながら、ぼくはみっともなく喘ぐ。三郎はぼくの弱いところを知り尽くしていて、そこばかりを攻め立ててくる。限界が近いことを知らせるために彼の背中を叩くが、口を離してくれない。それどころか、より深く呑み込まれる。

「あっあ、あ……ッ!」

  ぼくは喉をそらし、三郎の口の中に精を溢れさせた。咄嗟に、彼の方から顔を背ける。それでも、ごくり、と三郎がぼくの出したものを嚥下する音は聞こえてしまい、最悪の気分になった。どうして三郎は、飲みたがるのだろう。どうにかしてこの性癖を改めさせたいのだけれど、上手く行かない。最近ではもう、諦めすら覚えてきた。

 ぼくは呼吸を整えるべく、胸を上下させた。額に浮かんだ汗を拭う。にこにこしてこちらを眺めていた三郎は、唐突にぼくの足を高く抱え上げ、肩に担ぐような格好になった。

「うわあ!」

 口から悲鳴が飛び出す。三郎が、奥まった窄まりに舌を伸ばしてきたからだ。

「ちょ、ちょっと待って! それはいやだ、あっ、あ……っ 」

 驚いて身をよじるが、三郎はぼくが嫌がるのも構わずに、窪みを舌でつつき、唾液を含ませるようにして舐め始める。

「あっ……! う……うぅ、あ……っ」

  腰の辺りでわだかまっていた寝間着を掴み、ぼくは背中を駆け上がる痺れに耐えた。三郎は、無駄に丁寧に舌でその部分をほぐしてゆく。ぼくは首を横に振って泣き声をあげた。  

「い……やだ……っ」

 舌でされるのは苦手だった。不快だとか気持ち良くないとかそういうのではなく、頭の中身が全部、羞恥に呑み込まれてしまうのだ。理由のよく分からない涙が、ぱらぱらと目からこぼれる。

 ようやく、三郎の舌が離れてくれた。だけど、息を吐く暇もなく、今度は油に浸された指がずくずくと中に入って来る。

「あ、あ、あ、っ」

  彼の指は油のぬめりを借りて奥へ奥へと難なく進んでゆき、良いようにぼくを翻弄した。胸が苦しいし背中はぞくぞくするし、恥ずかしいし、気持ちが良い。一番深い場所を抉られると、それだけで気をやってしまいそうになる。三郎に逢うまで、こんな感覚は知らなかった。

「ねえ雷蔵、気持ち良い?」

「……っ、うぁ……っ! あ、ぁ……っ!」

 三郎はぼくの一番よわい部分を何度も何度も擦り、意地の悪い口調で先程と同じ質問を投げてくる。しかしぼくはもう、答えるどころではない。内側からこの身を揺さぶる強い快楽に、意識が潰されてしまわないよう自我を保つことで精一杯だった。

「うんうん、そういう反応が欲しかったんだよね」

 微笑んで、三郎は二本目の指を後ろにねじ込んでくる。粘膜を押し広げる質量が増す。ぼくは掠れた声をあげた。頭のてっぺんから足の指先まで、まんべんなく熱い。

「あ……っ、三、郎……っ、ぁ、あ……っ」

「なあに、雷蔵。もう欲しいの?」

「違……っ、ちょっ……と、待っ……」

「駄目だよ、まだ指二本だもの」

 ぼくの言葉がきちんと聞こえている癖に、三郎は全然関係の無いことを言って、三本目の指を突き立てた。

「うあ、あっ」

「……ほんと、雷蔵は可愛いなあ」

 三郎はうっとりと囁いて空いている方の手を伸ばし、唾液で濡れたぼくの唇をそっとなぞった。

 何度も突かれ、擦られ、広げられて、ぼくはふたたび限界まで追い詰められた。浅い呼吸を繰り返しながら、三郎の顔を見上げる。

「ん……、あっ、あぁ、さぶろ……う……っ」

 切れ切れに彼の名を呼ぶと、三郎は口角を持ち上げた。なんて嫌な笑いだろうと思ったけれど、それを非難する気力は既にぼくには残っていない。

「もう駄目? 我慢出来ない?」

 余裕の滲む三郎の声に、必死で頷きを返すことしか出来ない自分が情けなくて仕方ない。しかしもう四肢のいずれにも力は入らず、 手の指を一本動かすのも億劫だった。身体の奥が痺れて仕方が無い。

 三郎が口の端から笑いを引っ込める。ぼくは息を詰めた。熱くたちあがったものが、舌と指で慣らされて柔らかくなったそこに押し当てられる。

「あ……っ、あぁああ!」

 ほんの少し先端が埋まったかと思ったら、一気に貫かれた。その衝撃で、ぼくは一気に上り詰め、再び精を吐き出してしまった。白濁が、みっともなく腹に飛び散る。

「まだ、入れたとこなのに」

 笑いを含んだ三郎の言葉が、ぼくの羞恥心に遠慮無く爪を立ててゆく。目の裏が、かあっと熱くなった。

「お前に……っ、思いやりが、ないせい、だろ……っ!」

 なけなしの意地を振り絞って、決して素顔を見せない男の顔を睨みつけた。しかしまったく顔に力が入っていなかったらしく、「そんなとろけた表情で言われても」などと屈辱的なことを言われてしまい、無駄に恥をかいた。

「それにおれは、こんなにも優しくしているのに」

 そう言って、三郎はぼくの身体を揺さぶった。今までで一番大きな快感が背筋を貫いて、ぼくは腰を震わせた。

「あ……っ、やめ……っ、あ、あ……っ!」

「やめたら怒るくせに」

「あ、ぁあ、……あっあ……!」

 深みを無遠慮に抉られる。激しすぎる刺激に、目の前に閃光が走った。

 ふと、手を握っていて欲しい、とそんなことを思った。そうしたら何も言わない内に、三郎はぼくの手をやさしく握り締めてくれた。鉢屋三郎は自分勝手だし人の話を聞かないし思いやりもないけれど、たまにこうやって、言葉にしなくてもぼくの望みを叶えてくれる。その度にぼくは幸福に胸が締め付けられて、それまでの無礼を全部許してしまうのだ。

「三郎……っ」

「……何だい、雷蔵」

 流石に余裕が無くなってきたらしい三郎が、吐息混じりに答える。

「ぼくは……っ、お前のことが、好き、だよ……っ」

 つながった手とからだのぬくもりに幸せを感じつつそう言うと、三郎が泣きそうな顔になった。

「雷蔵……っ、おれ、も……!」

 言い終わると共に、一際つよく奥を穿たれた。三郎のものが震え、熱い熱い迸りが身体の中に流し込まれる。あっ、この野郎中で出すな、と思ったけれど、濁流を受けた拍子にぼくも達してしまったので、何というかもう、何も言えなかった。







えっ……オチとか無いです……よ……!!(笑)
そういうわけで、2011年鉢雷書き初めでした。
本年もよろしくお願いします!